読書を趣味に ≫ 小説から表現、描写を学ぶ ≫ 小説を読もう「半落ち 横山秀夫」の言葉表現
小説を読もう「半落ち 横山秀夫」の言葉表現
- 2019/12/07
- 20:51
小説が好きで、表現をの仕方まとめただけの資料です。
茶柱が立った。
ゲンを担ぐほうではないが、無論、悪い気はしなかった。神棚のわきの壁時計は五時四十分を指している。まもなくだ。夜明けと同時に、懐に逮捕状を呑んだ強盗犯捜査一係が『小森マンション』508号室に踏み込む。
ゲンを担ぐほうではないが、無論、悪い気はしなかった。神棚のわきの壁時計は五時四十分を指している。まもなくだ。夜明けと同時に、懐に逮捕状を呑んだ強盗犯捜査一係が『小森マンション』508号室に踏み込む。
焦れったい。地球の自転とはこれほどのろいものだったか。
志木は煙草に火をつけた。上方に勢いよく紫煙を吐き出す。
志木は煙草に火をつけた。上方に勢いよく紫煙を吐き出す。
ベルが静寂を蹴破った。直通ーー。
志木は腹から息を吐き出し、受話器を取り上げた。
志木は腹から息を吐き出し、受話器を取り上げた。
噂に違(たが)わぬ保身男だ。言うことも一々神経に障る。死体を担いだこともない余所者(よそもの)のキャリア部長に、刑事課までひっくるめて「ウチ」呼ばわりされるたび、こめかみが疼(うず)く。
書類の隙間から、顔写真がするりと滑って床に落ちた。優しげな面立ち。小動物のそれを連想させる両眼が、その場に立ち尽くした志木を見つめていた。
梶は姿勢を正し、ややあって口を開いた。
「昼間、二人で墓参りに行きました。啓子は墓を掃き清め、墓石をせっせと洗い、長いこと手を合わせていました。生きていれば成人式だったね。写真を撮ってあげたかったなぁ。涙を浮かべてそんなことを言っていました。ところがー」
梶は言葉を止めて宙を見た。網膜にはその後の光景が映っているに違いなかった。
志木は黙って待った。
梶の乾いた唇が動いた。
梶は言葉を止めて宙を見た。網膜にはその後の光景が映っているに違いなかった。
志木は黙って待った。
梶の乾いた唇が動いた。
ドアが蹴破られたのではないかと思った。けたたましい音とともに栗田が部屋に飛び込んできた。
志木は後部座席に腰を滑り込ませながら、出せ、と土倉に命じた。
一拍置いて、志木は言った。
志木は椅子を引いて梶との距離を詰めた。
「あなたは最近、新歌舞伎町に行きましたか」
梶が息を呑んだのがわかった。
「行ったんですね?」
「……」
「あなたは最近、新歌舞伎町に行きましたか」
梶が息を呑んだのがわかった。
「行ったんですね?」
「……」
志木は椅子に腰を落とした。怒りの回路がうまく繋がらず、脳がショートしているような気がした。
梶は瞬きを重ねた。志木の質問の真意を測りかねている顔だった。
梶は椅子から転がるように下り、床に両手をついた。
「お願いします。やめて下さい。本当のことを言います」
「お願いします。やめて下さい。本当のことを言います」
ーやめた真似しやがって。
佐瀬は自白調書にペン先を突きたてた。
佐瀬は自白調書にペン先を突きたてた。
佐瀬は額に指を強く押し当てた。チリチリとした痛みは頭蓋全体に広がっていた。
梶は目を見開き、そして、一切の感情を閉ざすかのように、その両眼を固く閉じた。
全身をわなわなと震えさせるその看守の姿は、W県警二千三百人を代表しているかのように見えた。
佐瀬はぎょっとして入室の足を止めた。
W県警の伊予警務部長だ。
「やっ、佐瀬検事、この度はお手数をお掛けして誠に申し訳ありません。この通りです」
伊予は座ったまま、明後日の方向に頭を垂れた。
W県警の伊予警務部長だ。
「やっ、佐瀬検事、この度はお手数をお掛けして誠に申し訳ありません。この通りです」
伊予は座ったまま、明後日の方向に頭を垂れた。
その時、ドアが細く開き、男の顔が中に突っ込まれた。人形顔の栗田だった。唇に人さし指を立てている。
真っ青な顔だ。押し殺した声。
「記者が……こっちに記者がいます」
真っ青な顔だ。押し殺した声。
「記者が……こっちに記者がいます」
ー捏造した供述……?
驚きは、数秒あとから迫ってきた。
驚きは、数秒あとから迫ってきた。
「地検が怒っているようですね?」
岩村の瞳が微かに揺れた。
岩村の瞳が微かに揺れた。
岩村の瞳がまた揺れた。
「初耳だな」
「ですが……」
「なあ、中尾君」
岩村の声が被った。
「もう梶のことは放っておいてやれ」
「初耳だな」
「ですが……」
「なあ、中尾君」
岩村の声が被った。
「もう梶のことは放っておいてやれ」
二階の警務課には、久本課長以下、薄気味悪い作り笑顔が並んでいた。先ほど脅しめいた視線を送って寄越した笹岡調査官までもが、仮面のような笑みを張りつけている。
用意していたとも思えぬ稚拙な言い訳だった。
- 関連記事
-
-
小説家から表現、描写を学ぶ 東野圭吾さんの容疑者Xの献身より 2020/01/18
-
小説家から学ぶ表現、描写 垣谷美雨さんの七十歳死亡法案、可決より 2020/01/16
-
小説家から学ぶ表現、描写有川浩さんのストーリー・セラーより 2020/01/12
-
小説家から学ぶ表現、描写 堂場瞬一さんの雪虫より 2019/12/27
-
東野圭吾さんのゲームの名は誘拐より表現、描写を学ぶ 2019/12/14
-
東野圭吾さんのカッコウの卵は誰のものに出てきた表現、描写 2019/12/08
-
小説を読もう「半落ち 横山秀夫」の言葉表現 2019/12/07
-
小説を読もう「半落ち 横山秀夫」の言葉表現 2019/12/07
-
小説を読もう「ちょっと今から仕事やめてくる 北川恵海」の言葉表現 2019/12/06
-
小説を読もう「夏美のホタル 森沢明夫」 2019/12/06
-
小説を読もう「夏美のホタル 森沢明夫」 2019/12/06
-
おすすめ小説「疾風ロンド 東野圭吾」の言葉表現 2019/12/05
-
堂場瞬一さんのバビロンの秘文字から学ぶ小説の表現、描写 2019/12/04
-
小説を読もう「ちょっと今から仕事やめてくる 北川恵海」の言葉表現 2019/11/28
-
東野圭吾さんの人魚の眠る家から学ぶ表現、描写 2019/11/25
-
- テーマ:文学・小説
- ジャンル:小説・文学
- カテゴリ:小説から表現、描写を学ぶ
- CM:0