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好きな小説
おすすめ度☆☆
北大路魯山人が細野燕台から金沢から東京に戻る時にもらった言葉
「では最後に、こんな話しておくわいね。中国では蟹のことを昔から何というか知っとるか?」
「いえ」
「"横行君子"と呼ぶ。これはな、蟹は誰が何と言おうと横にしか歩かん。その姿から、決して権力におもねることがない君子という意味で、その名前を授かったという訳や。ちなみに、蓮は、"花中君子"と言うがいね。蓮も泥に出でて泥に染まらずということで、おんなじ意味や。これから君は我が道を行き、横行君子でいたらええ」
魯山人の作った茶室「夢境庵」で茶会が行われた。茶会の主人燕台が調えていた掛け軸は牛の水墨画で右上に「黒牡丹」と題が書かれていた。魯山人が牛の絵なのにどうして「黒牡丹」なのかと尋ねた時の応え
「昔、支那のある地方に、黒い牛を放牧して生計を立てている小さな村があった。ある時、一人の村人が牡丹の種を蒔いたところ、放牧地やもんやさけ、土地が肥えており見事な花が咲いたそうや。そしたら他の村人も、けなるがって(羨ましがって)みな牡丹の栽培を始めた。それを聞いた人々が牡丹の見物に遠いところからわんさか来るようになり、村は一気に観光地になった。そして、村人は黒牛を飼うのをやめて、牡丹を観光化することに一生懸命になったんや。ところがある年、村に天災地変が起こり、牡丹が一瞬にして全滅してしもうたそうや。村人は意気消沈し、元からやっていた黒牛の放牧が最も適した仕事だったと再認識して、目先の華やかさに心を惑わされないことを反省したという。こんな話から『黒牡丹』が牛の異名になったがや」
昭和三十四年十一月十日。
平野雅章は、横浜にある「十全病院」に向かって急いでいた。
目の前の仕事に忙殺され、もう五日も見舞いに行っていない。病室に入るなり、雷が落ちることは間違いないだろう。平野は心の底でそう覚悟を決めていた。
強い北風に耐えきれず、目の前で銀杏の葉がパッと散った。一瞬足を止め、コートの襟を立てながらその落ちてきた方向を見上げる。晩秋の鋭い太陽光を浴び、銀杏の葉は黄色というよりも黄金色に輝いていた。

愛を乞う皿 田中経一
「愛を乞う皿 田中経一」おすすめ小説を読もう
- 2019/09/24
- 18:18
好きな小説
愛を乞う皿 田中経一
おすすめ度☆☆
鬼才と呼ばれ、怪物と恐れられた北大路魯山人。そのミステリアスで壮絶な一生を魯山人とゆかりの深い人物の証言をもとに解き明かしていく。。
魯山人が生涯に残した仕事は多岐に亘る。一方、天才ゆえの傲慢さ、横柄さは周囲の友人、恩人、家族を傷つけ、遠ざけてきた。病床に寄り添うのは平野雅章ただ一人だ。
平野は医師から魯山人は年を越せるか微妙な状態だと告げられる。
平野は魯山人のために最期に何が出来るかと考え、魯山人から自分の伝記を書いてほしいと頼まれたことを思い出す。
魯山人が生きている間に魯山人とゆかりの深い人物を探しだし魯山人の過去を調べることにした。そして孤独な魯山人に最期くらいそのゆかりのある人物に会わせたいと思う。
魯山人が生涯に残した仕事は多岐に亘る。一方、天才ゆえの傲慢さ、横柄さは周囲の友人、恩人、家族を傷つけ、遠ざけてきた。病床に寄り添うのは平野雅章ただ一人だ。
平野は医師から魯山人は年を越せるか微妙な状態だと告げられる。
平野は魯山人のために最期に何が出来るかと考え、魯山人から自分の伝記を書いてほしいと頼まれたことを思い出す。
魯山人が生きている間に魯山人とゆかりの深い人物を探しだし魯山人の過去を調べることにした。そして孤独な魯山人に最期くらいそのゆかりのある人物に会わせたいと思う。
皿が料理を乞うている
まるで君が愛を乞い続けたかのように
しかし、皿の上に料理が
もう二度と盛られることがないと悟った時
その皿は一層の輝きを見せた。
まるで君が愛を乞い続けたかのように
しかし、皿の上に料理が
もう二度と盛られることがないと悟った時
その皿は一層の輝きを見せた。
作品中で気に入った、なるほどと思った言葉
北大路魯山人が細野燕台から金沢から東京に戻る時にもらった言葉
「では最後に、こんな話しておくわいね。中国では蟹のことを昔から何というか知っとるか?」
「いえ」
「"横行君子"と呼ぶ。これはな、蟹は誰が何と言おうと横にしか歩かん。その姿から、決して権力におもねることがない君子という意味で、その名前を授かったという訳や。ちなみに、蓮は、"花中君子"と言うがいね。蓮も泥に出でて泥に染まらずということで、おんなじ意味や。これから君は我が道を行き、横行君子でいたらええ」
作品中で気に入った、なるほどと思った言葉
魯山人の作った茶室「夢境庵」で茶会が行われた。茶会の主人燕台が調えていた掛け軸は牛の水墨画で右上に「黒牡丹」と題が書かれていた。魯山人が牛の絵なのにどうして「黒牡丹」なのかと尋ねた時の応え
「昔、支那のある地方に、黒い牛を放牧して生計を立てている小さな村があった。ある時、一人の村人が牡丹の種を蒔いたところ、放牧地やもんやさけ、土地が肥えており見事な花が咲いたそうや。そしたら他の村人も、けなるがって(羨ましがって)みな牡丹の栽培を始めた。それを聞いた人々が牡丹の見物に遠いところからわんさか来るようになり、村は一気に観光地になった。そして、村人は黒牛を飼うのをやめて、牡丹を観光化することに一生懸命になったんや。ところがある年、村に天災地変が起こり、牡丹が一瞬にして全滅してしもうたそうや。村人は意気消沈し、元からやっていた黒牛の放牧が最も適した仕事だったと再認識して、目先の華やかさに心を惑わされないことを反省したという。こんな話から『黒牡丹』が牛の異名になったがや」
書き出し
昭和三十四年十一月十日。
平野雅章は、横浜にある「十全病院」に向かって急いでいた。
目の前の仕事に忙殺され、もう五日も見舞いに行っていない。病室に入るなり、雷が落ちることは間違いないだろう。平野は心の底でそう覚悟を決めていた。
強い北風に耐えきれず、目の前で銀杏の葉がパッと散った。一瞬足を止め、コートの襟を立てながらその落ちてきた方向を見上げる。晩秋の鋭い太陽光を浴び、銀杏の葉は黄色というよりも黄金色に輝いていた。
最後の皿が何も残らずに台所に戻ってくると、松浦は安堵の息を肺の底から吐き出した。
「一体、何がかったんですか?」
平野は身を乗り出して尋ねた。しかし、松浦は眉間に皺を寄せてしばらく考え込む。その質問から逃れるように、湯飲み茶碗を口に当てたが中には何も残っていなかった。
平野は身を乗り出して尋ねた。しかし、松浦は眉間に皺を寄せてしばらく考え込む。その質問から逃れるように、湯飲み茶碗を口に当てたが中には何も残っていなかった。
「えっ? それは……誰だったんですか?」
ようやく聞きたかった真実が、顔を覗かせようとしている。平野はそう思い、身体を前のめりにさせた。
松浦の目は泳いでいる。どこまで話していいものか悩んでいるように見えた。
ようやく聞きたかった真実が、顔を覗かせようとしている。平野はそう思い、身体を前のめりにさせた。
松浦の目は泳いでいる。どこまで話していいものか悩んでいるように見えた。
「それだけは、申し上げられません」
つい口走ってしまった自分を責めるように、松浦は奥歯をきつく噛みしめた。
つい口走ってしまった自分を責めるように、松浦は奥歯をきつく噛みしめた。
夜の営業準備のため、奥の厨房が騒がしくなった。その物音は、平野にここから早く立ち去れと言っている。
武山は、平野の前で大きく息を吐いた。腹の底から、その頃の後悔を吐き出すように。
武山の表情が青ざめる。テーブルの上できつく握られた手の甲に血管が浮き立った。
荒川が何か大事なことを言うような予感がした。平野は受話器に神経を集中させる。
すると荒川は、思いがけない言葉を発した。
すると荒川は、思いがけない言葉を発した。
足元の革靴にも雨水が染み込んできていたが、寒さを一切感じないほどに平野は興奮していた。
それは臨終が間近に迫っているという意味だった。ついに来るべき時が来てしまった。平野は強く受話器を握りしめる。
魯山人の背中に冷たい汗がすっと落ちた。悪寒が止まらない。
東京駅に着くと、夜行列車の停まるホームまで一気に走る。
通勤客と何度もぶつかりそうになりながら、心臓が破けるのではと思えるくらいにがむしゃらに走った。そう、ここで和子を捕まえなければ、二人は二度と会うことはない。雨の染み込んだ服からは、体の熱で蒸気が立ち上がる。
通勤客と何度もぶつかりそうになりながら、心臓が破けるのではと思えるくらいにがむしゃらに走った。そう、ここで和子を捕まえなければ、二人は二度と会うことはない。雨の染み込んだ服からは、体の熱で蒸気が立ち上がる。

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