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いーち、にー、さーん、しー、ごー、……とゆっくり十まで数えてから、笹生響子は文庫本から目をあげた。
「やっぱり、いる」
思わず口に出してつぶやいてしまう。
クーラーがほどよく効いた電車の中は空いており、響子が座った緑色のロングシートにもだいぶ間隔をあけて他に二人しか座っていなかった。高校生の男子はイヤホンをつけて携帯ゲーム機のボタンを連打し、響子と同い年くらいの三十代の女性は地方デパートのロゴが入った紙袋を脇に抱えて船を漕いでいる。どちらの耳にも響子の声は届かなかったようだ。
ホッとするのと少し残念な気持ちが入りまじる。他の乗客ともこの驚きを分かち合いたかったのだ。というか、一人では抱えきれない衝撃があったのだ。
響子は文庫本を目の下まで持ち上げ、もう一度、自分から一番近いドアの左脇を見た。
一羽のペンギンがいる。間違いない。マボロシではない。確実にいる。
名取佐和子さんのペンギン鉄道 なくしもの係の書き出し
- 2021/06/27
- 07:08
名取佐和子さんのペンギン鉄道 なくしもの係より

いーち、にー、さーん、しー、ごー、……とゆっくり十まで数えてから、笹生響子は文庫本から目をあげた。
「やっぱり、いる」
思わず口に出してつぶやいてしまう。
クーラーがほどよく効いた電車の中は空いており、響子が座った緑色のロングシートにもだいぶ間隔をあけて他に二人しか座っていなかった。高校生の男子はイヤホンをつけて携帯ゲーム機のボタンを連打し、響子と同い年くらいの三十代の女性は地方デパートのロゴが入った紙袋を脇に抱えて船を漕いでいる。どちらの耳にも響子の声は届かなかったようだ。
ホッとするのと少し残念な気持ちが入りまじる。他の乗客ともこの驚きを分かち合いたかったのだ。というか、一人では抱えきれない衝撃があったのだ。
響子は文庫本を目の下まで持ち上げ、もう一度、自分から一番近いドアの左脇を見た。
一羽のペンギンがいる。間違いない。マボロシではない。確実にいる。
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