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七月隆文さんのぼくは明日、昨日のきみとデートするの表現、描写
- 2021/01/27
- 07:00
七月隆文さんのぼくは明日、昨日のきみとデートするより

ぼくを映す瞳が光って、透明な雫を落とす。
真っ黒になったテレビが呼吸のような間合いで静まりかえり、部屋の空気がしんと落ち着く。
彼女が背伸びする。
背中をしなやかに曲げて、細い腕をすらりと天に伸ばす。その磨かれた白さ。反らせた胸が、普段は意識させない豊かな膨らみを作る。
川から強い風が吹いてきた。
水面に映る濃い影が、磨りガラスのようにぼやける。
その答えは一口含んだ彼女の瞳の輝きが雄弁に語った。
「おいしい!」
素直な響きだった。
橋を渡りながら、好奇心を宿した瞳をあちこちに移していく。
「あ、見て、南山くん」
鴨川の先を指さす。
「山、きれいだねぇ」
「なんか、女の人に声かけてなかったか?」
心臓が跳ね、一瞬にして毛穴が開く。そこまで見られてたのか。
水面が風に震えて、白い鱗(うろこ)模様を浮かべている。すぐに鯉が何匹も泳いでいた。
鼻筋がなめらかに通っていた。薄くてぴんと形のいい唇も、顎のラインも、頬も、ぜんぶがやわらかで品のある線で描かれている。
にこりとする。白くて綺麗な歯並びが見えた。
福寿さんはなにげなく前に向き直って、少し遠いまなざしで空を仰ぐ。
彼女の緊張が緩んだのを感じた。
その顔に、微笑みの前の前くらいのものが朝靄のようにかすめた。
言うべきことが尽きて、ぼくは黙る。
「一目惚れしました!」
彼女の表情は動かない。と思うと、小さく唇が動く。「えっ」と言ったふうに見えた。
ぼくは視線を一瞬横に滑らせる。まわりには誰もいない。よかった。また彼女に目を戻す。
ぼくのことを多少覚えていたんだろう。瞳にそんな色が浮かぶ。
「あのっ」
真後ろから声をかけたとたん、彼女のなだらかな肩がふわりと漣(さざなみ)をうつ。
……私かな? というふうに振り向いてきた。
彼女はそれほど背が高くないから、ぼくには顔がよく見えなかったのだけど、そのすとんと落ちる綺麗な髪や、可愛らしいけど、品のいい服装や、何より全身からにじんでる空気が「すごくかわいい子の予感」をさせた。
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- テーマ:文学・小説
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